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久留米市民オーケストラホームページアドレス:http://www.kurumeshiminorchestra.jp/


カウント開始年月日:2003/07/01

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  2003年6月27日投稿分掲載





メールはこちらまで(江上 直)





 「運命はこのように扉を叩く」ベートーヴェンは冒頭の主題をこう語っています。
メッセージの作曲家と言われるベートーヴェンの生涯のテーマ「苦悩を突き抜け歓喜に至れ」が簡潔に圧倒的な説得力をもって表現された名曲中の名曲です。

 バロック時代から神の声を表す楽器として使われてきたトロンボーンがこの曲の第4楽章で交響曲史上初めて使用されたのも、ベートーヴェンが単に音色の変化を求めたからという理由からだけではないでしょう。

 苦悩・闘争からの個人的な勝利でなく、それを超越した全人類へのメッセージとしての歓喜。満を持して4楽章の冒頭で、神の楽器トロンボーンに最初の2分音符を書き入れたのではないでしょうか。(あ、・・・トロンボーン奏者がカミに近いということではありません。強いて言うなら 酒のカミ・・だな)

 作家ロマン・ロランは著作「ベートーヴェンの生涯」でこう語っています。
「ベートーヴェンは巨匠と言うよりそれをはるかに超えた偉大な存在なのだ。彼は悩み闘う人々の最も親切な友である。この世の悲惨に我々が心を痛める時、彼は我々の傍らに歩み寄ってくれる。」


 同時期に作曲された第5と第6「田園」は一見性格が異なりますが、意外と共通点が多いのです。冒頭の主題が休符に続いて出てくるところ、主題の最後にフェルマータ(音を長く延ばす)がついていること。第5では3・4楽章が、田園では3・4・5楽章が続けて演奏されること。要所でトロンボーン・ピッコロが用いられる所など、性格は違うがどこか似ている兄弟同士のようです。

 運命をねじ伏せ、歓喜に至った第5番と、嵐(耳の病)の後の感謝の歌で名残惜しげに締めくくられる「田園」。この2曲は語り口こそ異なるが、耳が聴こえなくなる絶望感を乗り越え、崇高な境地に達したベートーヴェンの精神的浄化の表現ではないでしょうか。


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 2003年7月3日投稿分掲載



所持しているベートーヴェン 第5交響曲CD

 フルトヴェングラー   ベルリンpo (1943)

               ベルリンpo (1947.5.25)

               ベルリンpo (1947.5.27)

               ウィーンpo (1954.3)

               ベルリンpo (1954.5)

ライナー          シカゴso

ミュンシュ         ボストンso

カラヤン          ウィーンpo (1946)

               フィルハーモニア(1955)

スウィトナー        ベルリンシュターツカペレ

ブロムシュテット     ドレスデンシュターツカペレ

コンヴィチュニー     ライプチヒ・ゲヴァントハウス

ジンマン          チューリッヒ・トーンハレ

カイルベルト        ベルリンpo

ベーム           ウィーンpo(1977)

小澤征爾         ボストンso

飯守泰次郎先生     東京シティpo

朝比奈隆         大阪po (1985)

新日本po(1989)

大阪po(1996)

               大阪po(2000.5,3)

               大阪po(2000.5.10)     

ワルター          コロンビアso

バーンスタイン      ウィーンpo

インマゼル        アニマ・エテルナ   (古楽器)

グッドマン         ハノーヴァーバンド ( 〃  )

所持しているベートーヴェン交響曲全集のCD

朝比奈隆         大阪po (1985)

新日本po(1988、9)

大阪po(1996)

ワルター          コロンビアso

飯守泰次郎先生    東京シティpo

ブロムシュテット     ドレスデンシュターツカペレ

コンヴィチュニー     ライプチヒ・ゲヴァントハウス

ジンマン          チューリッヒ・トーンハレ




 当時発明されたメトロノームを元に1817年にベートーヴェン自身によって書き入れられた速度表示。かなり、あるいは異常に速い指示のものが多い。

 わがオケのフルート奏者 Y瀬氏は毎年の客演指揮者に必ず、ベートーヴェンのメトロノーム指示についてどう思うか質問しておられるらしい。

 わが尊敬する、亡き朝比奈隆先生は「ベートーヴェンのメトロノーム表示は正しいものもあれば違うものもある」と述べておられる。

 1817年と言えば彼の聴力が殆どなくなった時期。頭の中で鳴り響く音楽が現実の管弦楽とは、かけ離れていたとしてもやむをえないであろうし、巨匠の名誉をいささかも傷つけることにはならないだろう。 演奏会場の広さも、楽器の性能も当時と現代では違うし。

 ということで、私自身は、ベートーヴェンのメトロノーム速度には、興味がない。

 カルロス・クライバー、あるいはフリッツ・ライナーのような(まさに弾丸ライナーのような速さ)テンポにも、あるいは朝比奈隆、オットー・クレンペラーのような大伽藍を見上げるようながっしりした落ち着いたテンポの設定にも、また部厚いロマン派的な表現、そして古典的なアプローチにも十分耐えうる堅固な構造は、われらが巨匠ならではのもの。

 彼の先輩であるハイドン、モーツァルトの曲を倍の(あるいは二分の一の)テンポでやったら曲にならないと思う。そんな多彩なアプローチが出来るのはベートーヴェンだけではないか?

 多くの指揮者、オーケストラが聴かせてくれる天下の名曲への色々なアプローチを楽しめばよいのではないだろうか。  

 それが上記の所持枚数となったワケでもある。数えなおしてみて自分でもあきれた・・。

 だから、今から第5交響曲のCDを買おうという人が、もし3000円の予算があるのなら3000円の新譜CDを1枚購入するよりも、例えば1000円程度で売られているCD(過去の名演)を2枚、3枚購入して聴き比べることのほうをお奨めしたい。

 過去といってもステレオ・デジタル録音のものがたくさんある。聞き比べることで理解度も深まり、音楽の句読点(テンポ・音量が変る、一瞬の間があく・・etc)の場所もわかる。

 レベルが高いオケ(アマオケだよ。プロは当然)になるほど、そういう句読点で、サッと指揮者を見るメンバーが多い。指揮者から見るとそういうところもオケのレベル、メンバーの曲への理解度を読むポイントでもあるだろう。



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  2003年7月8日投稿分掲載





 ベートーヴェンの交響曲には(特に第2バイオリン、ビオラには)刻みが多い。その刻みが重心の低いずっしりした響きを作っているのだが、プレーヤーにとってはなかなか報われない縁の下の力持ちのような役割でもあるらしい。

 以前、朝比奈隆先生が、ドイツのオーケストラを振って第5交響曲を演奏されたときのこと。第4楽章のリハーサル中、金管の強奏の陰でどうせ聞こえないからと、テキトーに弾いていた第2バイオリンの若手奏者がいたらしい。で、朝比奈先生、練習を止めて一喝 「そういう弾き方は君たちドイツ人が世界に誇る大作曲家への最大の侮辱だ。恥ずかしいと思わないか」、これを聞いた古参の楽員から「ブラボー」の声。 

 実際、4楽章であの刻みがリズム通りしっかり聞こえると、オケ全体の響きが変わる。朝比奈先生のCDを一聴されることをお奨めしたい。

 今、キャニオンから出ている1500円のヤツがお奨め。オケは大阪フィル・・・1楽章のリハーサル風景が30分以上収録されているのも勉強になる。(「その通り!」と思わず拙者が叫んだところがある・・・)

 ブルックナーで鍛えた腕力+忍耐力で是非渾身の力で「刻んで」下さーーい。2ndバイオリンのG嶋サン、ビオラのSK井サン。



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  2003年7月22日投稿分掲載
                 2002.9 シンフォニーオーケストラ福岡設立記念演奏会プログラムより


序曲「コリオラン」 作品62(演奏時間約7分)

彼の知人でもあった作家ハインリヒ・コリンの戯曲に霊感を得たベートーヴェンが1806年に作曲した。コリオランとは、一人でコリオーライの城を攻略した古代ローマの英雄、ケイアス・マーシャスのこと。国内での政争に敗れて敵国に逃れ、逆に敵国の将としてローマを攻めるが母や妻に諌められて進退窮まり、ついに自刃するという悲劇である。

同じハ短調で書かれているピアノソナタ「悲愴」、ピアノ協奏曲第3番、そして第5交響曲とも同じ響きを持つ。剛毅な第1主題はコリオランの強い性格を、それに続き木管と弦で柔らかく歌われる第2主題は優しい母や妻を表すともいわれる。悲劇的な高まりを見せる曲は、最後に次第に力を弱めて、コリオランの非業の死をあらわすように空虚な弦のピチカートで曲を閉じる。

愛国の英雄エグモント、幽閉された夫を助け出す勇敢な妻レオノーレ(フィデリオ)、人々に天上の火をもたらした英雄プロメテウス。そしてこのコリオラン。ベートーヴェンの書いた数々の序曲は登場人物を通して、「人はこう生くべき」というメッセージを聴く人に伝えているかのようだ。


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  2003年7月22日投稿分掲載
              2002.9 シンフォニーオーケストラ福岡設立記念演奏会プログラムより

交響曲第8番ヘ長調 作品93 (演奏時間約30分)

第5と第6、そして第7と第8のようにベートーヴェンは同時期に性格の異なる交響曲を書いた。この第8番は雄大な第7に比べてこじんまりしている。また、それまで速い3拍子のスケルツォで書いていた第3楽章を、古典的なメヌエットに戻すなど、独自の道を歩んでいた巨匠が一度古典に立ち戻ったかのような印象を与えがちである。

しかし曲が許容するテンポや響きの懐の深さ(どんなテンポ、どんな響かせ方をしても「曲」になる凄さ)は、先達であるハイドン、モーツァルトにはない巨匠独自のものであり、また彼の9曲の交響曲中「fff(フォルティシシモ)」の音量指示が「勇気をもって」書き込まれたのは宇宙的に拡がる「英雄」、苦悩を突き抜け歓喜を歌う「運命」、また大合唱が加わる「第9」でもない。第7とこの第8番なのである。それまで基本となる調の主音とその5度の音を奏することの多かったティンパニに第4楽章では主音のオクターブを要求するなど新たな実験も盛り込まれている。このティンパニのオクターブ調律法は、第9交響曲の2楽章で絶大な効果を上げることになる。

第7番に比べ演奏される機会が少ないが、作曲者は第8番の方を「小さい方」と呼んで気に入っていたようである。初演は1814年。第7番等とともに行なわれた。

第8番からさらに10年の歳月をかけて、我らの巨匠は不滅の金字塔「第九交響曲」への長く険しい道を登って行くのである。試行錯誤を繰り返しながら・・・。

 

第1楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ・エ・コン・ブリオ(速く快活に元気よく)

 いきなり明るい響きの第1主題で始まる。第2主題は緊張を保ちながらやや抑え目の響きで木管から弦に現れる。繰り返し現れるスフォルツァンド(音符11つを念入りに強く、とでも言おうか)またfff(音量を更に更に大きく!とでも言おうか)の指示は、やはりベートーヴェンならではの表現である。

(ベートーヴェンの凄さを「タイミングのいい焦らし方」と評した人がいる。けだし名言)最後はあっさりと小さく終わる。

 

第2楽章 アレグレット・スケルツァンド(やや速く諧謔的に)

 この頃発明されたメトロノームがリズムを刻むような木管の響きに乗って弦が軽快な旋律を奏でる。
この楽章はトランペット、ティンパニは使われていない。

 

第3楽章 テンポ・ディ・メヌエット(メヌエットのテンポで)

 メヌエットとは本来古典的な優雅な舞曲だが、優雅さの中に無骨なリズムの巨匠独特な楽章。
中間部に入る前のトランペットの晴れやかな響きが愉しげである。中間部はチェロの刻みの上でのホルンと木管による優雅な歌となる。

4楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ(速く活発に)

 弦の震えるようなリズムでひそやかに開始されるが、すぐに明るい大きな響きとなる。中間部で密やかに現れるファゴットとティンパニのオクターブは印象的。突然の転調や急激な音量の変化は「小さい方」などではない。さすがに巨匠の力作である。最後は明るい響きの中で執拗な打撃音を重ねながら大きく終わる。


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参考文献
ベートーヴェン ハイリゲンシュタットの遺書
ベートーヴェンの遺体解剖記録(耳)
ベートーヴェン 不滅の恋人への手紙